11 1 / 2012

"私は40過ぎて独身です。本当に辛い毎日を送っています。
つい先日も、こんな事がありました。
ある日、弟夫婦の14歳になる長女の下着類が一切合切盗まれるという事件が起きたのです。
あろうことか真っ先に疑われたのは私でした。
40歳過ぎて独身だというだけで血の繋がった実の弟からこの私が真っ先に疑われたのです。
肉親なのに。
ずっと一緒に育った兄弟なのに。
ただただ40過ぎて独身だというだけで実の兄である私が疑われたのです。
とても悲しいことです。
やりきれない気分です。

確かに盗んだのは私でした。

しかし、ここに至ってはそんなことは瑣末な事です。
論点が ずれています。
私が訴えたい事は“私が犯人だと決まってないうちに” 既に“私を疑っていた”という事実なんです。
つまり40歳で独身だと いう事は常に『気持ち悪い事をしでかすに違いない』という目で見られて いる、という現実なのです。
これではまさに冤罪の温床です。
我々40過ぎ 独身中年は常にそういった謂れ無き迫害に晒されながら毎日ビクビクして 生きて行かなければならないのでしょうか?
結局私が犯人だということが ばれ、弟は「もう、来ないでくれな」と悲しそうに言いました。
ですが 私はそんな弟を許す事はできません。
私が犯人だとばれる前から私を疑っていた、という事実は消えないからです。"

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05 1 / 2012

"ネットとリアルを分けたい人達
ネットで直接相手と会うことはないからと普段の日常では出来ないであろう発言をしたりするのは、ネットでちょっとくらい痛いことをしても、それがリアルの自分に跳ね返ってくる事はないだろうという、ある種、ストレスのはけ口だったり、逃避先としてのネットの活用例で、意識的な場合も無意識的な場合もあるけど、こういう人達はそれなりに存在する。 また、特に痛いことなどをしていなくても、あえてネットとリアルが融合されてしまうと困る、という人達もいる。リアルではなかなか出せない自分を開放できるネット、というパターンで、そういう自分がリアルな現実の周りの人々に知られたら困るという。日常生活での自分とは違うペルソナを演じることができる場所としてのネット。
ネットとリアルが融合していく人達
一方のネットとリアルが融合していく人達ってのは、人と人が出会うシチュエーションの中に「ネットで知り合う」というのが追加されただけだと感じている。 立場や年齢、場所など、さまざまな制約が多い現実で人と知り合う場合と比べて、互いの考え・思いで直接やりとりできるネット上でのコミュニケーションは、始めからメンバーが決定している現実での出会い(近所、学校・職場など)でのそれと比べ、より密度が高く本音に近い部分でのやりとりになり、そういう出会いを取り込めるのは一度この味を知ってしまうとやめられなくなる魅力がある。 それは、ある意味、自分が世界中の人達と接するチャンネルが一気に何万倍にも増えたかのような感覚かもしれない。"

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31 12 / 2011

"タレントで後に車いすの国会議員となった故・八代英太さんの忘れられない言葉があります。"

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31 12 / 2011

"人が大事、人が基本、人が仕事をする、人に投資しろ。
そこらへんまでは、理解してる人も多いと思うんです。
でも、その「人」の価値を大事にするためには、
「場」というものが、とても必要なんですよね。
そしてその「場」ってものは、自然にはできないし、
しっかり守らないと無くなっちゃうこともあるんだなぁ。"

27 12 / 2011

"もともと筆を使い、お経や物語を写していた時代、木版の時代からすれば印刷という技術で書籍が広く普及し、その工業化文明のうえに乗って、作家も稼げるようになりました。作家も技術の進展と無縁ではありません。いつの間に工業製品こそ最高だという錯覚をしてしまったのでしょう。
このあたりは、マーケティングの大家、レビットの有名な一節、「4インチのドリルが売れたのは、顧客がドリルを求めていたからではなく、4インチの穴を求めていたからだ」にも通じるところです。まさか紙の束を作家は売っているつもりなのでしょうか。"

大西 宏のマーケティング・エッセンス : もしも「もしドラ」の作家がもうすこしドラッカーを読んでいたら

「4インチのドリルが売れたのは、顧客がドリルを求めていたからではなく、4インチの穴を求めていたから」。そうですね。

20 12 / 2011

おもしろい…「こんなにある! 若者の◯◯離れ」。
かまぼこ離れ。。

おもしろい…「こんなにある! 若者の◯◯離れ」。

かまぼこ離れ。。

13 10 / 2011

"

恋人でも、友達でも、上司でも、同僚でも。

あとになっても、ずっと

「あのときの君の失敗を覚えてるかね?」
「あなたのあの行動、すごくキズついた」

というように繰り返す人。

このように言われると、人はつい罪悪感を刺激されて、自分が悪かったように感じてしまいます。
もちろん、本当にあなたが悪いこともあるでしょう。

しかしそれでも、必要以上に責められている…と感じるのなら、いったん、こう考えてみることです。

「ここまで許してくれないのは、相手の性格のせいだ」。

こう思うと、少しだけ気持ちがラクになりませんでしょうか。

いえ、もちろん口に出してはいけません。火に油です。

心の中でそう思うだけでいいのです。

そしてただ、距離を取る。
それだけです。

"

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12 10 / 2011

"理由として挙げられる最大のものは、「素人の顧客の意見を聞きすぎる」ということにあるのではないかと考える。いい方を変えるならば、素人のユーザーの意見に左右されるのはいい加減にした方がいいということでもある。まあ日本のメーカーの経営者自体が素人に近いので、こうした資料が無いと開発にゴーが出ないのかもしれない、というのが最大の問題ではあるのだが・・。本田宗一郎やソニーの盛田昭夫さんが懐かしい今日この頃です。いまの日本のメーカー経営者ってみんなサラリーマンで、出世が上手くて上がってきた人ばっかりだもんね。"

29 9 / 2011

ほんとだ。「そういうこと言わない」って言ってるように見えるw

ほんとだ。「そういうこと言わない」って言ってるように見えるw

(via luft2501)

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11 9 / 2011

" “ソーシャルメディアでの販促は嫌われる”というのは、ソーシャルメディア担当者の誰もが気付いていることだと思いますが、上から求められる数字の圧力に負けたり、文化の違う海外の成功事例を真似たりして、失敗する例は後を絶ちません。塩谷さんのように、ソーシャルメディアを運用していく過程で、「お客様の反応によってスタイルを変えながら、独自のコミュニケーションを探し当てていく」というのが、本来のあるべき姿なのではないかと感じました。"

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